技術の広場

2023.09.01
固体高分子形燃料電池の発電性能評価について
産業技術センター
愛知県刈谷市恩田町一丁目157番地1

1.はじめに

 政府は、2023年6月に水素基本戦略1)を6年ぶりに改定しました。その中で、2040年までに国内の水素製造と海外からの水素購入を、合わせて年間1200万トンに拡大するという目標を設定しました。これまでの目標値は200万トンであったため、6倍に増えることになります。その水素の利用先の一つとして、固体高分子形燃料電池(PEFC)が挙げられます。PEFCは家庭用燃料電池や燃料電池自動車として商品化されていますが、今後さらに普及拡大することが期待されています。
 PEFCの開発を進める上で、電流-電圧測定はPEFCの性能を評価する基本的な手法の一つです。そこで今回は、セル温度80℃における相対湿度を変えた場合の電流-電圧測定を実施し、各種過電圧を切り分けて評価する手法について紹介します。

2.電流-電圧特性試験

 PEFC用膜-電極接合体を作製2)し、セル温度80℃、相対湿度40%,70%,100%の条件で測定した電流-電圧特性を図1に示します。電流密度1000mA/cm2以下の領域では、相対湿度の上昇に伴い、電圧が高くなります。一方、相対湿度100%時の電流-電圧特性は、電流密度1000mA/cm2以上の高電流密度領域において急激な電圧降下が見られます。

3.各種過電圧の分離

 PEFCの発電性能に影響を及ぼす主な要因は、①発電に必要な反応を行うための触媒の能力(活性化過電圧)、②電解質膜のプロトン伝導性やセパレータ等の電子伝導性(抵抗過電圧)、③水素ガスなど反応物の供給能力と水などの生成物の除去能力(濃度過電圧)です。これら3要因は、下記に示す式1を用いると容易に分離できます3)

E=E0-ηact-ηohm-ηdiff=E0-b×ln(I)-R×I-m×exp(n×I) (式1)

 ここで、Eは電圧(V)、E0は開回路電圧(V)、ηactは①活性化過電圧、ηohmは②抵抗過電圧、ηdiffは③濃度過電圧を表しています。これらは、電流-電圧試験によって得られる電流密度(I(mA/cm2))の値から、活性化過電圧係数(b(V))、オーミック抵抗(R(Ω・cm2))、濃度過電圧係数( m(V)、n(cm2/mA))を求めることで得られます。
 相対湿度100%時の電流-電圧試験データを、式1にてフィッティングした結果を図2に示します。なお、図2中には、各電流密度における活性化過電圧、抵抗過電圧、濃度過電圧を分離した値も合わせて示します。この図から、活性化過電圧は、低電流密度(高電圧)領域で大きな電圧低下を引き起こし、また濃度過電圧は、高電流密度(低電圧)領域で大きな電圧低下を引き起こすと解釈できます。

 なお、式1を用いた過電圧の分離は、それぞれの影響を大まかに把握する手法としては簡便かつ有用でありますが、抵抗過電圧にはガス拡散層やセパレータ部の電気抵抗も考慮する必要があります。従って、開発部材によって式1の適用には十分注意する必要があります。

4.おわりに

 PEFCの研究開発は日進月歩であり、新規部材・材料の優劣を早期に判断する必要があります。今回紹介した評価手法は、電流-電圧特性試験のみから、各種過電圧を切り分け、早期に発電性能に与える影響を判別することに優れています。しかし、PEFCに求められているのは初期性能だけではなく、各種部材に応じた耐劣化性能なども必要です。これらを評価するには、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公開している、PEFC評価解析プロトコル4)に準拠した試験を行うのが良いと考えられます。当センターでは、PEFC発電評価装置(図3)を所有しており、今回紹介した電流-電圧特性試験とNEDOのPEFC評価解析プロトコルの一部を評価することができます。是非、ご相談、ご活用ください。

1) 水素基本戦略、内閣官房(2023)、
 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/saisei_energy/pdf/hydrogen_basic_strategy_kaitei.pdf
2)鈴木正史、加藤正樹、加藤一徳、木村圭介、愛知県産業技術研究所研究報告、vol. 7、6(2008)
3)F. Laurencelle, R. Chahine, J. Hamelin, K. Agbossou, M. Fournier, T.K. Bose and A. Laperri, Fuel Cells, vol. 1, 66(2001)
4) NEDO PEFC評価解析プロトコル 2022年3月版、NEDO(2022)、
 https://www.nedo.go.jp/content/100944836.pdf