技術の広場

2023.07.03
産業用CT測定技術の最前線
あいち産業科学技術総合センター 共同研究支援部 シンクロトロン光活用推進室
愛知県豊田市八草町秋合1267-1

1.はじめに

 X線CTは、我々の体の内部を観察する手段として、病院など医療機関で広く用いられています。CT測定を行うとコンピュータ内で人体の任意の断面を表示できるほか、直接目で見ることのできない血管などの一部の組織のみの立体構造を表示させるなど、体内の情報をわかりやすく取り出すことができます。
 また、工業製品を観察するための産業用CTも普及しており、医療用CTと同様に、非破壊検査の手段の一つとなっています。医療用CTと産業用CTで、装置の使用目的や形状などは異なりますが、原理的には同じです。X線の持つ、物質を透過する特性を利用して、透過しやすいところと透過しにくいところを画像として取得し、コンピュータ内に内部構造を再現しています。コンピュータの処理能力の向上により、ますます重要度が増している測定手法ですが、近年、よりはっきりとした画像を得る手法が実用化されるようになってきました。今回は、最新の産業用CT測定技術のひとつで、高コントラストなCT像が取得できる「屈折コントラストX線CT」の原理と、その測定事例について説明します。

2.CTの原理

 X線が物質に当たった時、さまざまな現象が起こります。広く普及しているX線CTは、X線が物質を透過する特性を利用しています。X線の透過のしやすさは、物質を構成する元素や密度で決まっています。物質内部に周りとは違う構造体があると、X線の透過のしやすさの違いが出るので、図1のように光源と画像検出器の間に物質を置くことでその物質の影絵のような画像が取得できます。

 X線CTでは、物質か光源・検出器を回しながらこの影絵を取得します。影絵を取得した角度の情報と映り込んだ影から、物質内部の構造をコンピュータで計算し、コンピュータ上で内部構造を再現する、というのがX線CTの原理です。例えば、図2のAの配置では物質の影は円形、図2のAから光源とスクリーンを90度回転させた図2のBの配置では長方形となりました。このような影を与える物質は、円筒形であることがわかります。X線CT装置では、実際には90度だけでなくいろいろな方向からの透過像を用いて、コンピュータによる計算でこれと同じような推定を行い、コンピュータ内部に試料の内部構造を構築しています。

3.屈折コントラストX線CT

 屈折コントラストX線CTでは、X線と物質の相互作用のうち、屈折と呼ばれるX線の進行方向が少しだけ変化する現象を使います。屈折は可視光でも起こる現象ですが、密度の違う2つの物質の界面で起こることが特徴です。例えば空気中を進む光が水に侵入すると、屈折して図3のように進行方向が変化します。

 物質に照射されるX線は、光と同様に密度差のある界面で屈折されて、物質の後方に出てきます。そのまま透過したX線と屈折されたX線は、図4のように、アナライザと呼ばれる部品を通過すると、透過したX線は曲がるのに対し、屈折されたX線は直進することになります。この時、屈折角度が大きいほど直進する光の強度が強くなる性質があります。その直進するX線を画像検出器で読み取り、密度の情報を計算で取り出し、通常のCTと同様に内部構造を再現します。X線の屈折は、透過のしやすさと比べて密度に対して敏感に反応します。そのため、屈折を利用したX線CTは、高コントラストな画像を得ることができます。

 図5は、あいちシンクロトロン光センターBL8S2の屈折コントラストX線CT装置の外観です。X線は写真左下から右上方向に照射し、試料(ここではゲルで固定化したベーコン)、アナライザ(シリコン単結晶)を通ってカメラで検出されます。

 図6は、カメラで検出したX線の画像です。ベーコンの測定を行ったものですが、筋繊維が強調されて表示されていることがわかります。

 図7は、屈折コントラストX線CTで測定したベーコンの内部構造です。画像で白く表示される脂肪組織と濃い灰色で表示される筋組織がはっきりと識別できます。よく見ると筋組織の中にも筋状の模様がみられ、高いコントラストで内部構造をとらえることができていることがわかります。

4.おわりに

 屈折コントラストX線CTは、強力で平行なX線を出せる装置が必要です。そのため、現状では医療機関や実験室に設置できる装置では精度が不足するため測定が難しく、シンクロトロン光を用いた装置が必要です。今回の測定例もすべて、あいちシンクロトロン光センターのビームラインBL8S2で測定を行っています。また、高コントラストのCT像を取得する試みは他にもいろいろ行われており、様々な方式のCTが考案され、徐々に実用化され始めています。
 なお、BL8S2に整備された屈折コントラストX線CT装置は、知の拠点あいち重点研究プロジェクトⅢ期「革新的シンクロトロン光CT技術による次世代モノづくり産業創成」で整備されました。