あいちの注目企業

2024.06.03
“Art is try” 「5軸×3D×職人」で新たなものづくりを
株式会社アーティストリー
 水戸 拓夢
春日井市西本町3丁目260

 2020年3月ごろから経済活動に大きな影響を与え始めた「コロナ禍」。

 営業自粛や行動制限が求められ、飲食店を始めとして多くの企業は休業やテレワークとなり業績に多大な影響を与えた。

 そんな中、オンラインで全国の建築学生とつながり、自社の強みである「5軸加工技術×3D設計×職人技術」を磨くためのプロジェクトを立ち上げたのが株式会社Artistry(アーティストリー)である。つくりあげた曲線美にあふれるプロダクト「わの休憩所」は当社の知名度を大きく向上させた。

 「“Art is try”皆の心の中のアートを具現化する担い手であれ」を企業ミッションとし、特注家具を中心とした軸があり、それだけでなく建築物の部材や曲線を多用したサウナ内装など、業界でも珍しいプロダクトへも積極的に取り組む。

創業時から高品質で信頼を勝ち取り規模拡大

 株式会社アーティストリー社長水戸勤夢氏が育ったのは日本の高度成長期。子供の頃から公務員の父に「商売をしたほうが稼げる」と言われ育ち、叔父の影響もあり家具職人となることを目指してデザイナー学校へ入学。卒業後は同業界である特注家具会社で修業の後、1994年Artistryを創業。創業当初は出身企業からの特注家具のオーダーを受けていた。

 「特注家具は品質が非常に重視されることから、質が担保されないと次が続かないという業界です。地道に品質の良いものを作り続け、信頼を積み重ねていこうと考えていました。近隣の大手特殊家具会社の社員数が5人であったことから、何とか社員数5人規模にはしたいと考えていました」。

 1997年には有限会社Artistryへと改組、同時期、著名な宝飾会社の円形ショーケースを受注し「あの会社はここまでの品質で仕事ができる」と当社の評価を一気に押し上げ、社員数5人の会社へと成長。品質や安全管理など顧客からの信頼を得、仕事にも恵まれた。

 2000年には10人を超えたが、社員の入れ替わりが激しく、経営面でこのまま売上や社員が増えていくだけでよいのかと経営面での悩みを抱えるようになる。

 「基本的に職人一人当たりの工数には限度があり、受注増に対応していくには職人の数を増やすしかありません。一方で、難しい仕事も増えてくると、家具づくりだけでなく高い品質を確保するための細部の打ち合わせも行うなど業務が煩雑になってしまいます。対応できない職人は退職してしまうなど従業員の入れ替わりが激しく、会社としての受注体制に課題を感じていました」。

「段取り」上手な社員と3D造形を提案する社員が新たな体制を

 2001年、働いていた内装会社が倒産しトラックとともに入社した社員がいた。家具職人ではないが、受けた仕事の材料発注や顧客との打ち合わせなどをこなし、職人へ仕事を振り向ける「段取り」が得意。倒産した企業の社員の辛さを味わっており「少しでも儲かるように」と、それまでは価格交渉に弱かった職人に代わり案件ごとの利益管理も行った。

 「彼の存在により受注体制が大きく変わりました。職人は家具づくりに専念できるようになり、より多くの案件に対応できるようになっていきました。このころには県内でも特殊家具としては大手になりつつあり、他社から転職をしてくる社員も増えてきました。社員が増え就業管理もしっかり行うようになってくると『あの会社は働きやすいらしいぞ』と評判にもなったようで、多くの人材も集まり規模も大きくなっていきました。2006年には会社組織の整備、リーダーを決めチーム制にするなど、規模に見合った体制づくりをしていきました」。

 2008年のリーマンショックにより広告費や店舗改装の抑制により、業界全体が大きな受注減となる。市場の縮小に対応するため同業者が家具職人を手放し始めたのを見て、チャンスとばかりに採用を強化した。収益管理により充分なキャッシュポジションが準備できていたことが後押しをした。

 「この不況は比較的短期的に回復するのではないか、とアフターリーマンに向けての準備期間と捉えようと考えました。併せて、専門学校からも定期的に新卒採用を進め人材面での充実を図りました。その結果、最大4m程度の特殊な物件にも対応できるようになり『これはArtistryでないと難しいだろう』といわれるような難しい案件がいただけることも多くなりました」。

 2016年、ドイツへ訪れたとき世界的先駆企業が5軸NCを活用し造形しているのを見て「今後の日本はこうしたNCを使うようになる」と直感、日本でもまだ珍しい5軸NCを導入した。

 ただ、当初は職人仕事が主でNCはあくまで補助ツールとして使用するにとどまっており、専属の担当者からはこんな提案が。

 「こんな使い方をしていたら全く投資の回収ができない。3DCADを導入し、当社の高い職人技術と組み合わせることで、家具の新たな表現力を高めた他社にできない仕事ができるのではないか。私が積極的に営業に出て『5軸加工機×3D設計×職人技術』という新しい家具づくりを直接的に伝え提案をしていきたい」。

コロナ禍で「3D×5軸×職人」が本格始動

 2019年に株式会社へと改組し、新事業へ乗り出した矢先に訪れたのが2020年コロナ禍。外出規制がかかり営業にも出られない。

 折しも会社の屋外休憩所の建て替え構想があり「この休憩所を作るプロジェクトをオンラインでやってみないか」と全国の建築を学ぶ学生に呼びかける。思うように事業活動ができないアーティストリーの社員4名と思うように学生生活が送れない9人が学生によるプロジェクトが目指したのは、木工素材で「5軸×3D×職人」という会社の強みを活用したプロダクト。2班に分かれコンペの末、まとまったのは曲線美にあふれる「わの休憩所」だった。

 「具現化するには、3D設計での5軸加工機でなければ到底できない曲線構造の加工技術と、全体設計図からどのように加工できる大きさまで分割し、どのように組み立て、どう仕上げていくのかという職人技術が求められました。パーツ数にして300以上、クラウドファンドによる支援なども受け2021年に完成となりました。人件費や材料費はともかく、多くの工数が必要となり職人たちの手が空いていたコロナ禍のタイミングでなければ到底できなかったと思います。『わの休憩所』はTV・ラジオ・新聞その他多くの媒体で取り上げていただくこととなり、特に当社の『5軸×3D×職人』というコンセプトが実際のプロダクトとして見せられるということがその後の大きなPRになったのです」。

 これをきっかけとして新しい取引先からの問い合わせも増加。

 その一つが知床のリゾートホテルのサウナ室の改装。曲線を中心とした斬新なデザインだったが、引き受けられる企業が見つからず当社への打診となった。サウナは湿度や温度が高く、木材が膨張と収縮を繰り返すという木材には劣悪な環境であったが、サウナマニアでもあった「わの休憩所」プロジェクトのリーダーのもと難題を解決していった。これは日本初の木造3Dサウナとして「サウナシュラン」では2021年第2位、2022年第4位に輝くなど大きな話題となった。

 「サウナは新しい事業分野へのきっかけになりました。商業施設などからの家具の受注が多いのですが、店内や室内向け施設向けにも視点が拡がり、知名度の向上にもなりましたし、より幅広い設計事務所の方に知っていただくきっかけともなりました」。

 2021年に長さ6.5m・幅1.5m・厚さ50cmまでの加工が可能な国内でも最大級の大型5軸加工機を導入、翌年には工場内に新旧の5軸加工機を揃えた「5軸工房CNCLAB」を開設、5軸加工機ならではの事業開拓を本格的に目指すことになった。当社の3D加工技術の情報発信の場であるとともに挑戦的なデザインを目指す設計者やクリエイターが造形可能性を見出す相談先となり、クリエイターと先進的技術を持つ木工業界とを結びつける場になればと考えた。

 「木工業界では協力会社を囲い込み、他社には知られたくないという商習慣がありましたが、少しでもオープンな関係にしていければと考えています」。

業界内での認知度上昇、積み上げたノウハウで地域を代表する建造物も

 これらの取り組みにより当社は広く業界に知られることとなり、2022年には建築家・隈研吾氏が伝統工芸の鎌倉彫からインスピレーションを得て設計した鎌倉「英国アンティーク博物館」の巨大・複雑形状の外装部材を受注。さらに、2023年には愛知県公館エントランス部分の木質化プロジェクトに参加することとなり、愛知県産木材を使用し曲線的で格子を連想させる網目状のデザインを仕上げた。

 「こうした大型プロダクトの案件では、全体の形状データを作り、刃物をどのような順番でどう加工するか、さらに、加工できるサイズに何パーツでどの大きさに切り出すか、それで全体を組み上げられるかを検討していきます。こうしてできあがった設計データを5軸のNCデータにして加工するのですが、切り出し工程も単純ではなく、例えば、木材の目の方向を見ながらどちらの向きで加工するかなどの検討も必要で、間違った方向から加工すると材が割れることもあります。2016年に5軸加工機を導入して以来トライアンドエラーを通して積み上げられたノウハウが活きています。大手企業で加工機がありプログラミングで動かす企業もたくさんあると思いますが、当社の事業フィールドのような特注品は一品一品にプログラミングをして様々な検討をし手間がかかることから、あまり歓迎されるような仕事ではないのでは。以前は見積もり段階で『値段が合わずに他で探してみる』ということもありましたが、結局他社ではできず当社へご依頼いただくこともたびたびとなっています」。

今後を見据えた人材づくり

 かつて、社員の入れ替わりが激しく組織的な会社運営ができなかった時期があったことを教訓に今は人づくりに注力する。

 「多くの仕事をいただくチャンスが増えていますが、職人の物理的な工数には限界があります。しかし、人が増えれば対応力も増えていきます。そこで人材を確保し育てていける社内風土づくりは重点課題であると考えています。そのために、社内マイスター制度を立ち上げ、技術を持つ職人としてだけでなく経営力や育成力、それを支えるコミュニケーション力を向上させていこうという取組をしています。マイスター制度の本場ドイツでは国家資格で職人の地位は高く、これを参考にした制度をリーマンショック後から導入、自己成長の仕組みをつくった結果、離職率も減少しています」。

 離職率が減少する=働きやすい職場、ということで中途採用も案内を出すとすぐに多くの応募があり、採用も短期間でできるようになってきているとのこと。

 「従来にない、人生で1回しか作らないものを毎回100点満点以上の品質で納品することを目標にしてきたことで品質面でも価格面でもお客様の信頼もいただけるようになりました。一流ブランドや外資系カフェチェーン、大手メガネチェーンの店舗施設などからの受注実績も多くいただいています。『5軸×3D×職人』という強みを活かし、今後は『こういうものを作ってほしい』という受け身のスタンスから、自分たちで発信・表現する方向性を目指し、新しい提案を続けていきたいと考えています」。