あいちの注目企業

2023.12.01
染色整理機械保守技術で尾州産地の設備困りごとを解決
浅野鐵工株式会社
浅野領仁
一宮市三丹町2番地ノ1

 繊維の尾州産地はイギリスのハダースフィールド、イタリアのビエラなどと並び世界三大毛織物産地として知られる(公益財団法人一宮地場産業ファッションデザインセンターHPより)。その特徴は紡績・撚糸・製織・染色・整理・補修などの高い技術力を持つ事業者が産地内に存在していることとされる。しかし産地の中心、一宮市の繊維産業製造品出荷額等の1989年421,238百万円はコロナ前2019年70,562百万円にまで縮小した(工業統計調査、出典:「あいち統計年鑑」平成4年版他)。生産のピークアウト後、多くの企業は存続をかけて繊維技術を活用し様々な業種へ展開を図っていった。
 そうした企業の一つが浅野鐵工株式会社である。大手染色整理企業の「専属工場」として設備の設計・製作から設置・保全に関わり、今ではその技術を活用して繊維機械修理事業を展開。設置時の図面の面影がないほど改造されたり、図面がなくなっていたりする現場でも修理に向かい、直径1m,長さ4mのロールを始めとして必要な部品を内製で調達、週末の2日間で修理・交換・調整を終える「困りごと解決」企業である。

大手染色整理工場の保全部隊から繊維機械業界の保全部隊へ

 創業者の浅野金一郎氏は戦前の1939年一宮市で浅野鐵工所を創業、戦時中は豊川海軍工廠の部品製造等を行っていたが、戦後には繊維機械部品製造を開始、地元の艶金グループとの取引が拡大していく。1948年に浅野鐵工㈱として法人化、1959年染色整理の分野では、他の繊維関連企業とは取引をしない「艶金専属工場」として機械設計・開発から機械製造、電気制御に至るまで深い関わりを持つようになる。
 「当社の歴史85年の中の約50年は艶金グループ様の繊維整理機械の設計から製造の仕事をしてきました。祖父の時代は11工場あったので仕事は十分だったようです。ただ保全部隊的位置づけでもあったため、何か機械に不具合があると昼夜関係なく現場へ赴いていたこともあったと聞いています」と浅野領仁氏。二代目社長・金郎氏は父親、現社長の三代目・康久氏は叔父にあたる。
 「その後、尾州の繊維がそれまでの成長に翳りがでてきたことからロボットや工作機械向けの機械製造にも業務範囲を拡大しましたが、専属工場から外れたタイミングで繊維会社全般との取引を開始、今では繊維機械の修理や改造、メンテが主体となっています。お取引先企業様も大部分が繊維関係で、毛織物の製造技術を活かし、設備をそのまま活用しながら素材を転換されてきた企業様も多く、従来のスーツ向け毛織物からカーシートといった合成繊維の他、ランドセル用の皮系素材もあります」。
 売上の85%程度がこうした設備の製造や修理・改造のオーダーで、繊維機械修理のニーズに応える日々である。現場での修理だけでなく、中古の繊維機械商社からは買取機械の修理などの依頼を受けることもある。
 「積極的に他の企業の修理オーダーに応え始めたのは10年くらい前で、艶金グループ様の専属工場時の技術が活かされています」。

修理の難しさとは

 修理は難しい、と浅野氏。
 「修理が必要となる本当の原因が何なのかをしっかり把握しないと、満足を得られる修理になりません。例えば、お客様から『動きが悪くなってきたからモーター交換をしてほしい』とのオーダーで、原因を捜していくと実はモーターの問題ではなく関連機器のベアリングを交換するだけで問題解決となることもあります。お客様は、モーターの修理や交換をしてほしいわけではなく『動きを正常にしてほしい』のです」。
 「当社へお声がけをいただくのは『昔に設置した設備ですでにメーカー自体がない』『メーカーに問い合わせたが繊維機械の生産をやめてしまっていた』『今まで社内でメンテをしてきたが手に負えなくなった』『調子が悪くなったが機械の図面がなくどうしたらいいかわからない』などのお困り事が生じたときです。こうしたお困りごとを解決できることから、特に高い精度や品質を要求される企業様ほどご重宝いただけるようです」。
 繊維の製造技術を活かし産業向け素材として展開している企業では、連続的な生産を続ける中で設備更新するタイミングもなく、自社内で設備メンテをすることで生産を続けることになりがちだ。しかし、生産現場でその都度行われてきた修理や改善で設備や配線などが当初の図面と全く違ってきてしまっていたり、古くて残っていなかったりする現場も非常に多い。こうした状況でやや規模の大きいメンテナンスをしようとしても、部品の調達や交換だけをとっても社内だけで行うことは難しく、社外手配しようとしても何社ものやりとりが発生するなど、本格的メンテナンスのハードルは高い。またそれに伴って何日も機械を止める必要や部品調達までの時間も必要になる。
 「当社へお声がけをいただいた場合、残っている図面をもとに、全く現状と違っているような現場を再度図面化し、どこを修理するべきなのかを検討します。その上で、作業時間をどう収めるかを考えます。必要な部品は予め社内で作製しておく、原動は改造を重ねた機械のスペース内にうまく収まるようにサイズや規格の選定をして、それに合わせて治具を作製する。ロールの補修や新たなロール製造、その他電気配線工事など修理に関わるあらゆることを想定し、社内で段取りすることで所定の時間内に作業が終えられるようにしていきます。会社によって異なる事情・マシンごとに対応していけるのは、高いノウハウとバックヤードでの社内の技術があるためです」。

限られた時間内で修理を完了させる職人の腕と段取り

 繊維が成長産業とされていた時代の導入設備の中には、メーカーがなくなっている、残っていても他の産業へシフトしてしまいその技術が残っていないなど、製造元が整備対応できなくなっているケースも多い。筐体部分はしっかりしていてまだまだ長く使えるが、ロールや軸受など動作が多い部品は摩耗などで交換が必要となる。
 「ご相談内容は負荷がかかる原動(モーター駆動)周りが多く、ロールと原動をどうつなぐか、速度の制御はどうするか、さらに非常に難しいテンションコントロールも含め、メカと電気系統の制御両面から提案していきます」。
 会社ごと、製品ごとにテンションも違い、例えば産業用資材などのように素材が固くなると機械にかかる負荷も変わることから多様な技術が求められる。
 「当社の従業員は11名、いろいろな職人がいます。溶接、図面、設計、電気、旋盤、現場設置などそれぞれ得意分野を持つ人材が揃っており、一貫した設備修理、必要な部品製造の内製化ができることからお客様へのカスタマイズ対応や修理オーダーのワンストップ化が実現できています。2代目社長はメカが得意、叔父の3代目社長は電気分野が得意であったため段階的に技術分野を拡げてこられた面もあると思います」。

長いお付き合いを目指した提案

 大きな特徴として、リピートオーダーが非常に多いとのこと。
 「顧客のビジネスがうまくいくような提案を心がけています。修理の依頼があっても打ち合わせをする中で『ここをこうすると直りますよ、やり方を説明するので御社でやられたらどうですか?』という対応となる場合もあります。こうなると当社の受注はなくなってしまうのですが、先方で十分対応できると知りながら受注することもできません。そこでは仕事にはつながりませんが、長い商売を意識しています。時には『お人好しが多い会社ですね』と有り難いようなそうでないような“お褒めの言葉”を頂戴する場合もありますが、いつもお客様のビジネスにプラスになるという視点でご提案を心がけています」。

技術承継の難しさと稼働率の悩みを自社製品で解決へ

 現場作業が週末に集中することから、対応できる現場数が限られ平日の稼働率が低くなってしまうのが悩み。
 「私が一番若いぐらいの年齢構成ですので、若い人にも入社してもらい技術の承継を図っていかなければなりません。しかし、平日の稼働率が低く、採用や採用後の育成は悩みのタネです。そこで、自社製品のひとつである原反継ぎ縫い用の自動走行ミシンの展開を考えています。これは手作業で行う原反継ぎ作業を自動化するミシンで、段差やズレのない継ぎ縫いとなるので後工程でのトラブルが少なくなります。大きな特徴の一つは、太い針を使えば極厚生地にも対応できる点です。厚物向けには原反縫いの機械が少なく、ランドセル用の硬い合成皮革やカーシート、インテリア生地など向け素材でもご利用いただけます。最近では半導体製造シリコンウエア生産装置向けの極厚不織布用途などでもお声がけいただくなど、たくさんの分野での活用が可能だと考えています。こうした自社製品と修理事業とを両輪で展開していくことで平日の操業度を向上させ、その中で技術承継も進めていきたいですね。当社のような修理事業を行う個人事業の方も地域におられるのですが、最近では『高齢化して重量物が取り扱えないのでお願いできないか』『手に負えない内容なので紹介したい』などの依頼も増えてきました。一方で、展示会では当社のようなニッチを求めてくださる企業様との出会いもあり、工場見学の際に『こんなことをやっている』などとお話をするとお取引につながるケースも増えています。必要とされる事業であるとは考えていますが、その担い手は減りつつあると実感しており、これからも尾州生産地でのお手伝いを続けるためにも技術承継をしながら、必要としてくださる新たなお客様への展開をしていきたいと考えています」。