技術の広場

2023.03.01
溜醤油醸造用乳酸菌スターターの選抜
あいち産業科学技術総合センター 食品工業技術センター 発酵バイオ技術室
名古屋市西区新福寺町2-1-1

1.はじめに

 醤油は醸造中、醤油乳酸菌として知られる耐塩性乳酸菌Tetragenococcus halophilusが乳酸発酵を行い、さわやかな酸味や味のしまりを付与します。通常は蔵に棲みついている醤油乳酸菌が自然に増殖し、その役割を担っています。しかし、蔵付きの醤油乳酸菌は性質が異なる多様な菌株で構成されており、醤油品質に好ましくない影響を及ぼす菌株がいることもあります。
 そこで、優れた醸造特性を有する醤油乳酸菌株を選抜し、スターター(種菌)として諸味に添加することで、醤油品質の向上や安定化を図る取り組みが大手企業を中心に行われています。
 当センターでは東海地方の特産品である溜醤油に焦点を当て、県内企業が利用できる溜醤油醸造用の乳酸菌スターターの選抜に取り組んでいます。

2.優れた醸造特性を有する菌株の選抜

 乳酸菌を利用して製造する発酵食品の製造現場では、バクテリオファージ(細菌に感染するウイルス)の発生による発酵不全が度々問題となります。同じ菌株を使用し続けると発生しやすくなるため、バクテリオファージへの感受性が異なる菌株を複数用意し、ローテーションで使用する必要があります。乳酸菌は菌株が異なれば感受性が異なると言われており、醤油乳酸菌は分離源である蔵元が異なれば、異なる菌株であると考えられます。そこで、当センターでは県内企業とのネットワークを活用し、多くの蔵元から多様な溜醤油の諸味を入手しました。これらの諸味から醤油乳酸菌を分離し、優れた醸造特性を有する優良菌株の選抜を行いました。
 醤油乳酸菌の中にはチロシンやヒスチジン、アルギニンといったアミノ酸を分解する菌株が存在し、醤油品質に好ましくない影響を及ぼすことが知られています。これらのアミノ酸を分解しない菌株は以下の方法で容易に選抜できます1)

1) L-チロシンを0.8%含む寒天培地を調製し、適宜希釈した諸味液汁を塗抹して培養します。L-チロシンは水に難溶であるため、培地は濁っていますが、生じたコロニーがチロシン分解菌によるものであった場合、その周辺のL-チロシンが分解され、クリアゾーンが形成されます(写真1)。
2) 次に、クリアゾーンを形成しなかった菌株を、L-ヒスチジン塩酸塩一水和物とL-アルギニン一塩酸塩をそれぞれ0.5%、pH指示薬であるブロモクレゾールパープルを含む液体培地に植菌して培養します。L-ヒスチジンやL-アルギニンが分解されると、培地pHが上昇し、その色調が黄色から紫色に変化します(写真2)

 こうして選抜した菌株を接種して小仕込試験を行い、蔵付きの醤油乳酸菌に負けずに増殖し、醤油のうま味を維持しつつ、さわやかな酸味を付与できる菌株を選抜します。最後は生産実機レベルのスケールアップ試験を行い、優良菌株を選抜します。
 同じ蔵元から分離した菌株同士であっても、糖の発酵パターンの違いによって同じ菌株であるか否かを判別することができます2)。また、菌株の識別にRAPD(Random Amplified Polymorphic DNA)法を用いることもあります。本法では対象菌株のゲノムDNAを鋳型とし、ランダムな配列をもつプライマーを利用してPCRによりDNA断片を増幅します。電気泳動法により、その泳動パターンを比較することで、対象菌株が同じ菌株であるか否かを識別します(写真3)。
 さらに、当センターでは取得した優良菌株を親株として、変異誘発剤によって突然変異を誘発することで、優れた醸造特性を保持しつつ、バクテリオファージへの抵抗性を獲得した菌株の育種にも取り組んでいます。

3.おわりに

 当センターではバクテリオファージ対策を強化するため、優良な醤油乳酸菌株の取得に取り組んでいます。当センターが保有するスクリーニングや育種に関する技術は様々な微生物への活用が期待できます。ご興味のある方はお気軽にお問い合わせ下さい。

文献
1) 間野博信, 長谷川摂:醤研, 43, 119(2017)
2) 内田金治:醤研, 9, 29(1983)